人権・法律×女子大 ~シリーズ女子大で学ぶ⑬

シリーズ「女子大で学ぶ」では、人間関係学科の教員が、女子大学で学ぶ意義を考え、発信しています。第13回は、人権・法律と女子大学のつながりについて考えます。

今回は、私の専門領域である法律学から、人権の基礎となる考え方についてお伝えしたいと思います。

今日の日本の法社会は、市民革命をきっかけとした18世紀末以降におけるヨーロッパの近代市民社会を模範とします。それ以前の絶対主義時代では、国王を中心とした専制支配の下で封建的な身分制度が存続していました。社会を治めるための法も、およそ国王の意志を反映した内容でした。それ故に、商工業や農業に従事していた一般の人々には自由が存在していなかったのです。

しかし、17世紀後半になると新たな啓蒙思想が唱えられるようになります。世界は神の普遍的な法に支配されており、人は生まれた瞬間から「自由」と「平等」が権利として与えられていると捉えられたのです。ここにおいて、人間は自由で自律した人格の担い手である「市民」として把握されました。自律とは自己決定できることであり、人格とは人間理性に裏付けられた人としての判断能力を意味します。人々は市民としての自覚の下、自由と平等を実現するために革命を起こして市民社会を成立させます。さらに、彼らは共通の約束としての「法」を作り、国民として市民国家を形成していくことになります。アメリカ独立宣言(1776)およびフランス人権宣言(1789)は、このような歴史的背景の下で発せられました。

今日では、人が自由で自律した人格の担い手として尊重されることを、「人間の尊厳(Human Dignity)」と呼んでいます。この表現は国連の設立条約である国際連合憲章(1945)の制定がきっかけとなって、世界中に広まっていきました。人種・性・言語・社会的身分・家柄によらず、人間は皆平等に取り扱われなければなりません。当たり前のことなのですが、この価値観は2つの世界大戦に対する反省から導き出された結論なのです。人間の尊厳は、普遍的な価値観として様々な「人権」を生み出してきました。法律学のみならず、さまざまな学問分野においても“Human Dignity”という言葉は共有されてきています。

現在、男性と女性の平等とは、単に生物学的な平等を意味するのではありません。ともに協力して社会と文化を形成してきた存在としての平等を意味します。こうした社会的文化的な性を意味する言葉を、法律学分野では「ジェンダー(Gender)」と呼んでいます。

駒沢女子大学の教員は、さまざまな学問分野との関連性を意識しながら、人と人との関わりについて受講生に分かりやすい授業を心がけています。すぐに答えの出ない問題についても結論を急がず、いろいろな先生方から示唆を得ながら共に考えていきましょう。

(福王 守)


“シリーズ「女子大で学ぶ」”について

このシリーズでは、人間関係学科の教員が、現代社会において女子大学で学ぶ意義を考え、発信しています。「もう男女で分ける時代じゃない、大事なのは“その人らしさ”」という考えに私たちも共感します。ただ、私たちは、そうした社会が実現するためにも、そうした社会で女性が生き抜いていくためにも、女性たちに寄り添った教育の場所が必要だと考えています。女子大学でさまざまな学生たちと接しながら、私たち教員が日々思うこと、考えていることについてお読みいただければ幸いです。

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