「ゴールデンウィーク」と日本の休日

新年度がはじまり、4月は緊張のなか過ごした人も多いでしょう。学生生徒のみなさんには、4月末からのゴールデンウィークで心身を休めてほしいと思います。

「ゴールデンウィーク」は和製英語であり、4月29日の昭和の日から5月5日のこどもの日まで、複数の国民の祝日によって成り立つ日本独特の連休です。ゴールデンウィークをはじめ、日本においてはどのように「休日」が発展してきたのでしょうか。

  • 花御堂と天地を指さす誕生仏

飛鳥時代の「大宝令」(701年)では、官人に対する「假」(休暇)が定められています。たとえば都の役人には6日ごとに1日の休みが与えられており、現代に近いものを感じますが、それが現代まで連綿と続いてきたわけではありません。
たとえば江戸時代の武士は、交代勤務が一般的でしたから、定期的な休日が与えられるということはありませんでした。武士以外の身分でも、定期的な休日をとっていた記録はあまり見られません。江戸時代の職人は毎月1日と15日の休みが慣例だったといいますから、これは「定休」といえるでしょうか。

明治初期には官庁にて、日曜休み・土曜半休という週休制が導入されましたが、江戸時代の職人からの流れか、工場労働者は戦前まで月2回の休日が一般的だったようです。明治44(1911)年に制定された工場法では、少年や女性の労働者に対する配慮も見られますが、「工業主ハ十五歳未満ノ者及女子ニ対シ毎月少クトモ二回ノ休日ヲ設ケ」とあるように、保障されている休日は、やはり月に2回にとどまります。

  • 「明治九年中 御改正官省府県御休暇日早見表」(遠藤茂平、1876年。『日曜休暇表』より)(国立国会図書館デジタルコレクション)
    「明治九年中 御改正官省府県御休暇日早見表」
    (遠藤茂平、1876年。『日曜休暇表』より)
    (国立国会図書館デジタルコレクション)

明治期には天長節(天皇誕生日)などの祝祭日が設けられましたが、このような労働下においては、「ゴールデンウィーク」はおろか、平時における「連休」もめずらしいことであったでしょう。東京朝日新聞の大正14(1925)年3月21日夕刊に、「明日は春季皇霊祭、明後日は日曜、春が来て初めての連休は……」とあるのは、「連休」の初期の用例だと思われます(「春季皇霊祭」は現在の春分の日)。戦後、労働基準法に週休が明記され、祝日も刷新された昭和30年代以降に、「連休」の語が広く使われるようになりました。いわば、日本の現代的な労働を象徴することばです。

「ゴールデンウィーク」は、(休日とは無関係の)映画業界の用語が一般に広まったものと言われています。5月4日は当初祝日でなかったために、昭和30年代には「ゴールデンウィーク」のほか、「飛び石連休(休日)」と呼ぶことも一般的でした。昭和60(1985)年の祝日法改正により5月4日が祝日となると、この期間を「飛び石連休」と呼ぶことは少なくなりました。

こうしてみると、いまの私たちの日常における休日は、随分新しい制度であることがわかります。平成12(2000)年には、連休を増やす目的でハッピーマンデー制度が施行されるなど、日本における休日のあり方は、今後も模索されていくことでしょう。

石川 創

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