バレンタインデーにみる日本の贈り物の文化
2022/02/10
2月14日といえば「バレンタインデー」です。欧米から伝わったバレンタインデーは、日本では女性が思いを寄せる男性にチョコレートを渡す日として定着していきました。そもそも欧米では「バレンタインデー」に大切な人に贈り物をする習慣はあるものの、「バレンタインデー」に女性から男性へチョコレートを贈る文化は、日本独自のものです。
明治41年(1908)3月の『風俗画報』381号(東陽堂支店)をみると、外国の文化として「セント、ワ゛レンタイン」が紹介されています。2月14日は「青年男女間で御互に匿名で種々恋愛に関した詩歌又は諷刺的の警句などを盛に贈答する」というものです。明治末頃には、バレンタインデーは若い男女が恋愛に関した詩などを送り合う海外の文化として紹介されていました。
日本において、「バレンタインデー」に女性から男性への想いを伝えるようなことが行われるようになったのは、いつ頃でしょうか。昭和29(1954)年の『贈り物』(朝日新聞社)には、「男女相愛の日」として「バレンタインス・デー」が紹介されています。また、朝日新聞の昭和32年(1957)2月17日の朝刊に、「二月十四日を聖ヴァレンタイン・デーとして、女から男への恋の打ち明けにつかうのは、いつの世からの習わしか。」という一節があります。このように、昭和30年代頃には、バレンタインデーが女性から男性へ想いを伝えるような行事となっていたようです。その想いに添えられた贈り物は、カードをはじめ、洋菓子、手芸品、花などでした。
それでは、バレンタインデーに「チョコレート」を贈ることは、いつ頃から始まったのでしょうか。関東においては、昭和33年(1958)にメリーチョコレートカムパニーが展開したキャンペーンによって、チョコレートを贈る風習が始まったといわれています。パリにおいて、バレンタインデーにチョコレートを贈ることからヒントを得たようです。
この当時、日本においてチョコレートが大いに広まった時期でもありました。日本におけるチョコレートの生産量は、昭和35(1960)年に2万8000トンであったのが、昭和45(1970)年には11万トンと、4倍も増えています。昭和47(1972)年2月10日の朝日新聞朝刊に、「チョコレートを贈るのは、ほとんどが若い女性。贈る相手も同じような年齢。」というお菓子屋さんのコメントが紹介されています。1970年代なかば以降には、バレンタインデーにチョコレートを渡す文化が定着したといえます。その後も日本では、男性が女性にお返しを贈る「ホワイトデー」、日頃の感謝の気持ちを表す「義理チョコ」、同性同士で贈り合う「友チョコ」など、バレンタインの習慣は社会の変化に応じて日本独自の進化を続けています。
古くから日本には、日頃お世話になった人に感謝の気持ちを表すお中元やお歳暮といった贈答文化がありました。日本独自に進化した「ホワイトデー」「義理チョコ」「友チョコ」などは、返礼・義理・共食による人間関係の確認・構築といった日本の贈答文化の特徴が受け継がれているといえるでしょう。ただ最近では、自分へのご褒美としての「自分チョコ」という現象まで登場しています。これは自分への贈り物という点で、従来の贈答文化の枠組みでは捉えられない新たな習慣です。このように、日本の文化は海外から伝来した文化をそのまま伝えるだけでなく、新たな形へ変容する特徴があることがわかります。
石川 創