【日本文化学科】「研究余滴」7

日本文化学科 池田 節子

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「光源氏って嫌ね、同時に複数の女性を愛するなんて」と思っている人は多いでしょう。しかし、光源氏は、人それぞれの魅力を認め、一人一人を真剣に愛しています。また、『源氏物語』は今の小説とは違って、いろいろな恋物語を、一人の男主人公のお話としてひとまとめにしたという性質を持ちます。だから、その点は大目にみてください。

 光源氏は幼くして母を失い、母の顔を知りません。母とそっくりだと皆が言う、父の妃藤壺を恋して、密通し、子どもが生まれます。その子が天皇に即位するというのが、『源氏物語』の基本のきです。『源氏物語』では、顔が似ていることが重要な意味を持ちます。

光源氏はある日偶然に見かけた少女に目が引きつけられます。少女が憧れの人藤壺に瓜二つだったからです。その少女は藤壺の姪で、母方の祖母に育てられていました。

祖母が亡くなったとき、光源氏は少女の父親を出し抜き、自分の邸に連れてきてしまいます。それが、光源氏の最愛の妻、紫の上です。光源氏は藤壺から紫の上を一途に愛した男でもあるのです。

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 光源氏というと、なよっとした男性を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、紫の上を奪ってくるような思い切った行動をとるエネルギーを持っています。一方では、気配りが細かく、実にまめで、タフです。現代でも、もてる男性はこんなではないでしょうか。

 では、紫式部は、格好いい光源氏をどのように描いているのでしょうか。敵方の右大臣邸で催される花の宴に登場する光源氏の姿を見てみましょう。

御装ひなどひきつくろひたまひて、いたう暮るるほどに、待たれてぞ渡りたまふ。桜の唐の綺の御直衣、葡萄染の下襲、裾(しり)いと長く引きて、皆人は袍(うへの)衣(きぬ)なるに、あざれたるおほきみ姿のなまめきたるにて(しゃれた大君姿の優美な装いで)、いつかれ入りたまへる御さま、げにいとことなり。花のにほひもけおされて、なかなかことざましになん。

念入りにおしゃれをして、かなり遅刻をして、皆から「待たれて」登場します。彼の服装は、中国渡来の高級生地を用いた桜襲(表は白、裏は蘇芳で、裏地の紫がかった紅色が表地の白から透ける)の直衣(平常服)に、下襲の裾を引いて、少しフォーマルにしています。裾とは、尻尾のように後ろに長く延びている布のことです。現代の目から見ると変なファッションですが、当時は長いほどおしゃれでした。彼以外の出席者は袍衣(正装)です。身分が高いほど略装が許されたので、光源氏の略装は高貴な血筋の証になります。皆にちやほやされてパーティ会場に入場する光源氏は、「花も恥じらういい男」なのです。

『源氏物語』では、登場人物の容貌を具体的に記すことはまれです。光源氏は、「鬼神も荒だつまじきけはひ」(鬼神でさえも手荒くふるまうことはできない様子)などと、絶世の美男だと繰り返し記されますが、具体的にどこがどのように美しいのかは書かれていません。

同時代の作品『栄花物語』では、藤原伊周(清少納言が仕えた中宮藤原定子の兄)を次のように描いています。

御年は二十二、三ばかりにて、御かたちととのほり(御容姿が整っていて)、太りきよげに、色合まことに白くめでたし。かの光源氏もかくやありけむと見たてまつる。

『枕草子』にも繰り返し美しいと記される伊周は、太っていて、「きよげ」(すっきりと美しい感じ!)で、とても色白だったようです。「あの光源氏もこんなであっただろうか」と絶賛されています。少しがっかりしますが、国宝「源氏物語絵巻」に描かれている光源氏の顔もふっくらとしています。食料が充分ではなかった時代には、太っていることが美だったのでしょう。

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