英国現地報告 ~今日もビッグ・ベンは鳴る~

国際文化学科 弥久保 宏

春からロンドン大学に客員調査研究員として赴任し、英国議会政治の研究調査を実施しております。5月に行われた英国議会選挙の調査を実施しました。その選挙の様子を、日本の選挙と比較しながら報告します。

静かな選挙風景、しかし熱き戦いが・・・

日本の選挙風景との大きな違いは、選挙カーや選挙ポスターを余り見かけないことです。とくに、ロンドンのビジネス街は、ポスターがなく普段の風景そのものです。選挙ポスターは住宅街でぱらぱら見かけますが、それも候補者の顔写真ではなく、政党名のみのシンプルなものです。これは、英国選挙運動の中心が、日本と異なり一方的な街宣車や選挙ポスターによる候補者の名前と顔の周知ではなく、党のマニフェストの訴えが中心であり、候補者と有権者が直接、触れ合うことが出来る戸別訪問と立会演説会が主体だからです。日本では戸別訪問も立会演説会も廃止されています。

  • 政党名のみの選挙ポスター
    政党名のみの選挙ポスター
  • 立ち合い演説会
    立ち合い演説会

戸別訪問では候補者が直接、有権者の自宅を一軒一軒訪問し、支持を訴えます。立会演説会では、その選挙区の全候補者が揃って参加し、収容数100人から200人くらいの会場で、直接有権者との質疑応答を行ないます。選挙期間中、かなりの立会演説会を視察しましたが、候補者は、選挙区へのリップサービスではなく党首の代理としてマニフェスト(選挙綱領)を熱くアピールし、有権者も真剣に話しに聞き入っているその熱気に感銘を受けました。ある会場では、選挙権年齢に達していない中学生や小学生も参加するケースもあり、小学生が候補者に手厳しい質問をぶつけ、会場の拍手喝采を得ていました。

英国選挙キャンペーンの大きな特徴は、全国レベルでは、テレビや新聞による党首討論や党首のキャンペーン報道が中心で、各選挙区レベルでは、有権者が直接、候補と質疑応答が出来る戸別訪問や立会演説会が中心になります。とくに後者は、英国における草の根民主主義の成熟度が伺えます。

投票日の風景

英国では各選挙の投票日が日本と異なり、慣例的に平日の木曜日です。投票会場は、主に学校の体育館が利用され、投票日は、学校が休みになります。学校が近くに無い場合は、仮設の投票所も登場します。投票時間は、午前7時から午後10時(日本は午前7時から午後8時)迄で、出勤前でも出勤後でも投票に行く時間が十分に確保されています。大きな投票場の入り口には、投票を終えた有権者にどの党の候補者に投票したかを調査する出口調査が実施され、この出口調査が選挙速報の重要なデーターになります。

  • 選挙当日の仮設投票所
    選挙当日の仮設投票所

開票は、即日開票で、各テレビ局は、当日の開票前から選挙特番を組んで、スタジオに著名政治家や政治学者などを呼び、出口調査などをもとにした結果予想についての討論が行なわれます。当選確実情報がスタジオに入ってくるに従い、各コメンテーターは、新政権の枠組み(単独政権か、連立政権か)のシミュレーションを行ないます。私も当日はBBC放送の選挙特番に釘付けになり、徹夜をしてしまいましたが、朝方まで保守党の圧勝を予測できたメディアは、存在しませんでした。

予想外の選挙結果:スコットランド国民党の大躍進と学生議員の誕生

今回は、二大政党の保守党も労動党も単独過半数に達しないという事前の世論調査が大幅に外れ、1992年以来の保守党単独政権が誕生しました。なぜ選挙結果と各世論調査との間にこれほどの大きな開きがあったのか、現在、政治学者を中心に分析が行なわれています。英国メディアによると、保守党はオバマ大統領の選挙参謀で有名なメッシーナ氏や選挙請負人、クロスビー氏をスカウトし、保守党候補者が僅差で争っている激戦区を徹底的に梃入れし、これが功を奏したと伝えています。その方法は激戦区でどの候補者に投票するか、まだ決めていない有権者をターゲットにしてSNSなどを使って徹底的にアタックするという方法でした。

また、今回の選挙では、スコットランドの独立を標榜する地域政党、スコットランド国民党(SNP)が大躍進しました。SNPの獲得した56議席は、スコットランド地域に配分されている59議席の9割以上を占めます。SNPは、昨年9月に実施されたスコットランド独立を問う国民投票後、飛躍的に党員数を拡大し、この勢いに乗るSNPから1667年以来の最年少である、20歳の女子学生議員が誕生しました。グラスゴー大学に通うマリ・ブラックさんです。当選後、ブラックさんは、年齢や性別による偏見をなくし、スコットランドの声を英国議会に反映させたいと抱負を語っています。最初の議員歳費で友達にハンバーガーをご馳走するという学生らしい面もみせ、再びマスコミの話題を集めました。

英国では被選挙権も選挙権と同じ18歳以上です。日本でも公職選挙法の改正で選挙権が20歳以上から18歳以上になり、来年夏に予定されている参議院選挙から適応される予定ですが、被選挙権は、依然として衆議院議員25歳以上、参議院議員30歳以上のままです。

今後の英国政治の課題

総選挙後の英国政治の大きな関心は、EU問題に移っていますが、英国のEUからの離脱を標榜する英国独立党(UKIP)は、今回、1議席と振いませんでした。しかし、得票率では12.6%と保守党、労動党につぐ第三党に位置し、移民に仕事を奪われた労働者の根強い支持を維持しています。キャメロン首相は、選挙前からの公約で選挙に勝利した場合、EU離脱をめぐる国民投票の実施を表明しており、遅くても2017年までに実施される予定です。

このように、英国は対外的には、EU離脱をめぐる問題、国内的には、スコットランドの独立を標榜するSNPの大躍進といった問題をかかえ、これまでとは大きく異なる国のカタチが問われることになりそうです。

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