「大船渡つばき娘」として活躍する国際文化学科卒業生 山崎素子さん

山崎素子さんは、国際関係コースの弥久保ゼミに所属し、2012年3月に国際文化学科を卒業しました。今年の5月に「大船渡つばき娘」に選ばれた山崎さんに臼井先生がインタビューをし、卒業後の活躍の様子をお伝え致します。なお、山崎さんは10月20日のりんどう祭2日目に実行委員会が企画した「東北支援シンポジウム」にパネラーとして参加予定です。

Q 山崎さんは今年、「大船渡つばき娘」に選ばれたと伺いましたが、その役割を教えてください。

A 大船渡市の観光大使として、市内外のイベントやメディアを通して大船渡市の魅力をお伝えすることが主な役目です。市花である椿は「北限の椿」と呼ばれ、日本国内では最も北の位置に咲きます。シーズンは1月から3月の冬季で、この期間は市営椿園のご案内もさせていただきます。

  • 大船渡のイベント会場にて
    大船渡のイベント会場にて

Q 青森出身と伺っていますが、大船渡で活動するようになった理由を教えて下さい。

A 私は青森県の南部地方という岩手県に近い地域で生まれ育ち、幼い頃からテレビの天気予報などで岩手県内の地名は何度も目にしていました。そのようなところが震災の被害にあい、何かお役に立てないかと在学中ボランティアに参加したことがきっかけです。そのときは岩手県内で一番被害の大きかった陸前高田市で活動しました。
ボランティア活動を終え、東京に戻ってからも一度きりでなく継続して活動したいという思いが日に日に強くなり、卒業後、陸前高田の隣市である大船渡の知り合いを頼って移住しました。

Q 大船渡でのこれまでの活動を教えてください。

A 移住した最初の一ヶ月間は大船渡市社会福祉協議会で運営するボランティアセンターにお世話になり、被災者生活相談員のお手伝いとして、市内の仮設住宅、みなし仮設、在宅被災世帯の見回りと集会所等でのサロン活動を行っておりました。
ボランティア期間は、この他にも津波によって側溝にたまったがれきと泥の清掃や、被災家屋の清掃・修繕などといった活動もしていました。
その後は大船渡市の臨時職員として、当時市が運営していた臨時災害放送局「おおふなとさいがいFM」で放送業務を行っておりました。臨時災害放送局は今年の3月31日で閉局し、4月5日から特定非営利活動法人防災・市民メディア推進協議会でコミュニティFMの運営が開始され、現在はNPO職員としてパーソナリティと制作業務をしております。
また、今年5月、第15代「大船渡つばき娘」に任命していただき、椿の里・大船渡市の観光大使として観光PRの活動もさせていただいています。

Q 大学時代のボランティア活動が今につながっているとのことですが、他にも現在の仕事に役立っていることがありますが?

A 駒沢女子大学在学中の活動はすべて、今の私の基盤となっています。その中でも一番大きかったのは3年生のときに参加したモンゴルでの「国際協力実習」です。実習を通して支援活動やまちづくりに関心を持つようになりました。また、それまで受け身だった私が自分から行動を起こすきっかけとなったのもこの実習だったのかなと思います。帰国後に憧れであったJICAでプレゼンテーションをし、被災地ボランティア活動後、学内や稲城市のイベントで報告会をさせていただいたことで「情報発信」についても考えるようになりました。これは現在の職業とつばき娘の活動のどちらにもつながっています。たくさんのチャンスとご縁に恵まれて活動ができていることに感謝です。

Q これからどんな活動をしていきたいと考えていますか?

A つばき娘の任期も残すところあと半年となりましたが、全国各地で行われる大船渡のイベントやメディアを通して広くアピールし、観光面から大船渡市の復興の一助を担えるよう、微力ではありますが精一杯頑張ります。
また、他県の出身だからこそ気づくことができる、地元の方が見落としがちな地域の良さをお伝えできるよう、ラジオの放送にもより力を入れたくさんの方に聴いていただけるよう日々努力して参ります。

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