中村教授のノーベル物理学賞受賞を祝って

カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授が、青色LEDの実用化によりノーベル物理学賞を受賞した。このニュースに私は自分のことのように喜びを感じた。大学も専攻分野も異なる中村教授とはもちろん面識はない。しかし1995年ごろから、雑誌や専門誌を通して彼のことは知っていた。中村教授は徳島大学を卒業後、地元で暮らしたいという希望から阿南市の日亜化学という当時従業員が200人程度の小さな会社に勤め、利益につながる研究を探して「青色LED開発」に行き着いた。研究者タイプの中村氏は目先の利益優先の会社組織とうまく行かず、ことあるごとにダメ社員と呼ばれ、研究に難癖をつけられたという。青色LEDの試作が完成し、発光に成功したときも「こんな暗くては意味がない。やっぱり中村の仕事はダメだ。」と上司に言われたそうだ。

こうした“逆境”の中で限られた研究開発費を有効に使うため、製造装置を自作し世界的な発明をやり遂げたことに、私は心から称賛を惜しまない。実際、小さな会社の中で研究開発の費用を獲得するのは容易ではない。私は文系なので研究開発と言っても理系のそれとはケタが違うが、それでも先行研究開発費の捻出には苦労した経験がある。開発に取り組んでからわずか5年後の1992年3月に青色LEDの製造技術を確立、翌1993年11月に製品化に成功する。“青色LED開発成功”のニュースは全世界、全企業に衝撃を与えた。どの企業も、青色LEDは20世紀中には完成しないと考えていたからである。日立やSONYをはじめ世界的な企業が続々と徳島の小さな会社を訪れるようになって、逆に日亜化学の経営者たちが驚いたという。

1995年に青色LED量産化のめどを立てた中村教授に対して、日亜化学は報奨金として2万円を与え、それで十分と考えたようである。だから後年、中村さんが「発明の対価」を求め提訴したとき、日亜化学は“リスクを一切負わずに開発して成果だけを自分のことのように吹聴するとはけしからん”と怒った。確かに経営者から見れば、失敗しても給料が保障されている雇われ研究者は「気楽なサラリーマン」と映るかもしれない。発明してもそれを製品化して販売しなくては利益にならないのであって、それには会社組織の協力が必要だから発明の個人対価は多くないとも考えるだろう。しかし今や年間売上げ3000億円を超え従業員8000人の世界的企業となり、徳島県を活性化させている今日の日亜化学の原動力となったのは、間違いなく中村教授の発明なのだ。

「青色発光ダイオード」についてはすでに数多く報道されている。波長がもっとも短い青色が発明されればLEDであらゆる色が実現でき、5%前後のエネルギー変換効率しかない白熱電球の5〜10倍の省エネが達成できる。さらに寿命は100倍以上である。変換ロスがほとんど熱になってしまう現状を考えれば、まさに夢の照明なのだ。日亜化学は「業務中止命令を無視して開発を続けた」中村氏を全否定し、「中村氏の発明には価値がない」と訴え裁判ではほぼ勝訴する(中村氏の請求金額200億円に対して和解金額は遅延損害金を含めて8億4000万円)。発明が無価値とされ「恩を仇で返す裏切り者」とされた中村氏にとって、今回のノーベル賞を受賞がどんな大きな意味を持つかお分かりいただけるだろうか。

特許庁は「会社で生まれた発明について特許を受ける権利は、会社ではなくその発明を産み出した従業者(発明者)に」あるとしてきた特許法を改正し、「職務発明」(会社に勤める従業者が会社の仕事として研究・開発した結果完成した発明)の対価を「貢献度」から「自主的な取決め」へと“格下げ”し(平成17年)、さらに特許権が「社員のもの」であることが企業のビジネス活力をそぐとして、特許を最初から「会社のもの」にする法改正を目指している。企業対発明者の「発明の対価を巡る紛争」を解消することが目的なのだが、これは間違いなく研究者の開発意欲を下げることになり、長期的に見れば企業競争力にとってもマイナスになる施策であろう。

LEDについてもう少し述べるとすれば、現在のLEDは無機の結晶構造なので、今後有機発光体(有機ELなど)が実用化されると期待されている。エネルギー変換効率はさらに向上し、平面光源も登場するだろう。しかし青色LEDの偉業は揺るがない。いま、季節がら話題になっている、無数のLED照明を使ったクリスマスイルミネーションを見ながら歩いていると、白熱電球に飾られた1920年代の『華麗なるギャツビー』の世界が連想させられる。当時は〈石炭&蒸気〉から〈石油&電気〉へとエネルギーが移行した時期だったが、100年以上の歴史を持つ白熱電球からLEDへのパラダイムシフトは、まさに原子力発電が滅び再生可能エネルギーにシフトしつつある現代文明の転換期に相応しいと感じるのである。

  • 写真は目黒川「青の洞窟」
    写真は目黒川「青の洞窟」

(小林憲夫)

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