コミュニケーション力に欠かせない論理力/石田 かおり(哲学的化粧論)

企業は自らの努力で生み出す利益で経営して行かねばならない。現代の日本では、どの企業も人件費がコストの大きな部分を占めるため、人件費を少しでも低く抑えようと必要最低限の人材で運営することが多い。そのためビジネスの現場では、1人が複数の仕事を同時に並行してこなすことが求められ、余裕をもって仕事をするなど夢のような話だ。管理職ともなれば、部下全員の適性と仕事の状況を把握し、仕事の進度管理や、人材と予算の適切な配置など、さらに多様な役割が求められる。そうした忙しい上司に指示を仰ぎたいとき、あなたならどんな風に訴えるだろうか。

大学の教員も1人で複数の仕事をこなし、授業のほかにさまざまな役割を担っている。大学と企業の両方の勤務経験から言っても、大学も企業も余裕のない状況で働くことに変わりはない。そんな教員に学生が相談に来る際に、よく見られる説明パタンがある。それは、問題が起きるまでの物事を時系列順に1つ1つ丁寧に説明し、長い話の最後にようやく相談事の核心(すなわち問題点)に到達するというものだ。学生は時系列順に1つ1つ詳しく説明することで相手によく理解してもらえると考えているようだが、多忙な教員からすれば結論が出るまでに相当の忍耐が求められる。途中で「それで、結論は、何が問題なの」と遮りたくなる気持ちをぐっと堪えねばならない。こんなとき「論理力の教育がまだまだ足りないなあ」と自戒と反省を込めながら痛感する。

こうした場合、もっともよい説明の方法は、問題点(結論)を最初に言い、なぜそうした問題(結論)が生じたか後で説明することだ。これは、相手が多忙な上司や教員の場合に限らない。家族でも恋人でも初対面の人でも、どんな相手に対してもこうする方が伝えたいことがよく通じる。国も時代も人種も宗教も考え方の違いも何もかも超えて、だれもが理解できる説明の仕方、それが論理的説明だ。論理の力を身に着ければ、確実かつ快適なコミュニケーションをとることができる。

論理の力を磨くには、国語の勉強はもちろん必要だが、数学が大いに役立つ。私たちは小学校から高校まで、算数・数学を必修として学んできた。買い物などの日常生活に欠かせない四則計算を習うためか、算数が役に立たないという言説は聞かない。それに対して数学については、「社会に出れば関係ない」「プログラマーのように数学が必要な仕事でない限り社会生活に必要ない」などの発言をしばしば耳にする。それにもかかわらず必修というからには、ちゃんとした理由があるはずだ。たとえば中学や高校で習った証明や集合、あれは論理的な思考と論理的な説明そのものだ。論理とは思考や議論の筋道だが、その筋道を万国共通の数や記号を使って表記したものが数学だ。

私の専門は哲学で、中でもフッサールという哲学者(Edmund Husserl,1859~1938年,墺・独)が打ち立てた現象学(英語表記はPhenomenology)の方法を応用して思考を進めることだ。フッサールは数学者として研究生活をスタートしたが、やがて哲学の研究に向かった。また、フッサールに大きな影響を与えたライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz1646~1716年,独)は、哲学者にとどまらず、人文科学から自然科学に至るまで幅広い分野に優れた業績を残し、外交官・政治家としても活躍した人物で、私も惚れ込んだ大天才だ。高校で習った微分・積分の方法と記号を発明した人物でもある。明証性のある確実なものを求めて、それを1つ1つ積み重ねることで思考を1歩1歩前に進めて行く。その方法を体系的に記すと論理学になる。フッサールもライプニッツも研究の核に論理学があり、それは、現在では数理論理学や数学基礎論と呼ばれる分野だ。世間では学問を文系と理系に分けて、哲学は文系で数学は理系とされているが、哲学と数学は同じ学問だと私は思っている。一般に学問には、たとえば物理学なら物質や素粒子、生物学なら生命体などの具体的な対象があるが、哲学と数学だけは実在する具体的な対象を持たず、ものの考え方そのものを扱う。それゆえ、哲学も数学も他のすべての学問に欠かせない背骨のような存在になっている。哲学と数学の違いはただ1つ、思考と表記に使う言語だけだ。日本語や英語、ドイツ語などの自然言語を使うのが哲学、数や記号といった人工言語を使うのが数学だ。

人間関係学科では1・2年生の必修科目に「基礎ゼミ」がある。始めのうちは合宿での友達作り、学科を深く知る、研究発表のレジュメの作り方、研究レポートの書き方など、大学生活に慣れ大学の学修スキルを身に着けることが主眼だが、2年生の基礎ゼミは、3・4年の専門ゼミで行う個人研究への導入を実施している。自分のやりたいテーマで思い切り研究を進めるためには論理力が欠かせない。そこで、基礎ゼミ2年の私のクラスでは論理力を磨くことにも重点を置いて、数学を使ったロジカルシンキング(logical thinking論理的思考)や論理パズルなども実施している。近年ビジネスの世界でもロジカルシンキングの必要性が高まり、書店のビジネス書のコーナーにロジカルシンキングの書籍が目立つようになり、ビジネスマン向けのロジカルシンキングのセミナーも数多く存在し、就職活動にも欠かせないと言われている。論理力を磨くことは人間関係学科の中心にあるコミュニケーション力を磨くことだから、学生には論理力を大いに磨いて欲しいし、私もその機会をできるだけ設けるよう努めている。

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