気づき、怒りの感情[仏教科 中村]

みなさんは、自分の感情について観察したことがありますか?

ある時、仏教の授業で「三毒」を紹介していました。

三毒さんどくとは人間が根源的に宿している3つの煩悩ぼんのう(悩み、欲望)のことで、むさぼり(もっともっとと欲しがる心)、じん(怒り)、痴(知らない、ということを知らない)ということです。
ちょうど前日4歳の子どもに怒ったばかりだったので、それを生徒に伝えると「えっ先生でも怒るの?」と驚かれ、想像できない、ということでした。そこから「怒る」と「叱る」の違いなどで授業が盛り上がったのですが、今日はその怒りの感情にフォーカスしてみたいと思います。

怒っているとき、自分の中に二人の自分がありました。
怒っている自分と、「あ~、仕事に疲れているのを子どもにぶつけている、怒っているんだね」とただ外から平静に観ている自分。
自分の感情に気づいていながら、その怒りを止めることはできませんでした。
怒っている自分を意識しながら、もう一人の怒っている自分が怒り続けていたのです。

これはどういうことなのか、「どうして怒りが止められないのだろう」と罪悪感にかられながら、あとから考えてみました。
その結果、「怒り」をなくすことはできない……と気づきました。もともと人間にはインストールされているのだ……と。

大切なのはその自分の感情に素直に気づいていること。「いま自分は悲しんでいるな、怒っているな」と気づき、受け入れること。けっして感情を否定したり忌み嫌ったりしてはいけない。なぜならその感情が抑圧されるだけで、結局幸せにはならないからです。


  • 蓮は泥の中から、
    こんなにも美しい花を咲かせます。

大乗仏教では「煩悩即菩提」と言います。苦しみは悟りそのものだ……と。
私たちは嫌なものから避け、逃げて快楽に身を寄せたがります。しかし、どんなことも自分に気づきを与えてくれる、「贈り物」なのです。そう物事をとらえられると、生きるのが楽になり、本当の幸福に至るための一歩を踏み出せると思うのです。

仏教科 中村 友恵

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