家出少女[数学科]
2023/12/14
数年前のコロナ禍の夏のお盆の時期だったと思う。真夏にもかかわらずその日は曇っており、そんなに暑くはなかった。14時頃、その当時の日課である散歩をしているとベンチに若い女の子が寝ていた。スーツ姿のおじさんが昼夜問わず公園などのベンチで寝そべっている姿は何ら違和感を抱かないが、若い女性がベンチで寝ているのは珍しい。
ちなみに服装は白いTシャツにジーンズ姿であった。少し気にはなったが、その時は横を素通りした。散歩を終え、自宅に戻りアンニュイな午後の時間を過ごした後、夕飯の買い出しに行くために先ほどのベンチの近くを通ると、まだいた。17時くらいであった。3時間も何やってんねん! と気になりつつも買い物を済ませ、あのベンチまで戻ってくるとやはりいる。ここまでくると気になってしょうがない。新宿や渋谷などで意味もなく時間をつぶす人間は多数いるが、閑静な住宅街のベンチで何故寝ているのか?ひょっとして母親とケンカをして家を飛び出してきてしまったのではないか?お金がなくて家に帰れないのではないか?急に体調が悪くなって横になっているのではないか?などの疑問符で頭がいっぱいになり、意を決して声をかけてみることにした。その女性は小柄であり高校生くらいにも見える。おでこに冷えピタを貼っている。
「お母さんとケンカでもしたの?」自分の中で最も可能性のありそうな質問をぶつけてみた。彼女は「違います」と答えた。話を聞くと、家出ではなく人を待っているとのことだった。しかも12時くらいからずっといたようである。前日にワクチン接種を行い、発熱していることも話してくれた。そんなに体調悪い状態ならベンチで横になっていないで自宅に戻って休養するよう促したが、その相手が帰ってくるまで待つと首を縦に振らない。結構頑固な性格のようである。その後いろいろ話をしたが、長時間にわたり相当孤独に苛まれていたのか、自分の生い立ちや高校時代、現在の職場、はまっているゲームのことなど多岐に渡り詳細かつ丁寧に語ってくれた。ちょっと途中で帰りたくなったが、最後まで会話に付き合った。なんかかわいそうなので少しぬるくなりかけてきたペットボトルを1本渡して帰宅した。
あれから数えきれないくらいベンチ前を通ったが、彼女の姿を目にすることはなかった。というより顔も忘れてしまったので、いたのに気が付かなかったのかもしれない。こういうどうでもいいことをいつまでも覚えている几帳面なところが私の長所であるが、代わりに大事なことを忘れてしまうという弱点を持ち合わせている。
数学科 蓑島