本来本法性、天然自性心[仏教科 中村]

高校2年生の皆さんへ

高校2年生は10月29日(日)から31日(火)まで、修学旅行で沖縄へ赴きますね。

私は平和学習をするために数十冊の本を読みましたが、耳を塞ぎたくなるような出来事が起こったことを知りました。

皆さんは渡嘉敷島での集団自決や壕で青酸カリを飲んで死んでいった方々のことをご存じですか。

人間はどうしてここまで残酷になれるのでしょうか。

戦争は分断を生みます。
敵を作り出し、同じ人間としては扱いません。そしていのちの尊厳を踏みにじり、大切なものを奪い去ります。

一方、敵だと思っていた相手の優しさに触れて相手も人間だと分かり、そこからガラッと変わることも教えてくれます。

皆さんに考えてほしいことは、平和ってよく聞くけれど「戦争がなければ平和と言えるのか」「果たして誰かが平和を作ってくれるのか」についてです。

壕に入り、実際にその場に身を置いてどういう思いになりましたか。

分断された壁は
人間の心が作り出した現象です。

この世に絶対とか正義とか、そんなものないと分かります。

私たち人間から、憎悪や怒りをなくすことはできません。
しかし恨みに恨みを返したら泥沼化していくだけですね。

我々の進むべき方向性は一体どこなのでしょうか。

ふと、「本来本法性天然自性心」という言葉が私の頭に浮かびました。

「人は生まれながらにしてすでに清浄で、もともと悟っている」という意味です。

道元禅師はこの言葉に疑問を感じ、中国に留学しました。そこで正師(まことの師)に出会い、人間の心は「本来本法性天然自性心」であると実感するに至りました。
その実践の場が後の永平寺です。

人を差別して自分のことしか考えない、好き嫌いによって成り立つ。そういう心が我々にはあります。これは自分の心に向き合えば、誰にでも実感のある心ですね。

しかし大事なのは、それだけでなく別の心である「清らかな心に目覚める」ことです。
そしてその心を表現して生きることを道元禅師は伝えられました。(修証一等)

また、道元禅師の言葉に「因果の道理、歴然として私なし
(原因と結果、それにより物事が成り立つという法則。それがなければ「私」は存在しない)とあります。

誤った恐ろしい行為はその一瞬だけでなく、禍根すなわち負の連鎖が継承されます。
断ち切る勇気が必要不可欠です。

今、イスラエルで戦争が起こって多くの方々が亡くなっています。
これ以上、負の連鎖が積み重ならないよう願って止みません。

最後に、
戦争で使われた陶器の手榴弾に、一輪の花を飾り、鎮魂を祈ります。


  • 鎮魂を祈って

※『修証義』
道元禅師の『正法眼蔵』を明治時代に民衆に広めることを目的に編集されました。

仏教科 中村

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