教科書には載らない人物のお話[社会科 R.U.]
2025/11/13
最近は女性初の首相となった高市早苗さんの話でニュースは持ち切りですね。
先日は早速アメリカのトランプ大統領と会談されてましたが、やはりアメリカ大統領の影響力は大きいんだなぁと感じます。
ということで、今回はアメリカ合衆国にまつわる、教科書には載らない人物のお話。
アメリカ合衆国の行政は大統領を長とする行政府が担う。これは1787年の合衆国憲法の制定以来、変わっていません。
建国以来ずっと大統領制を続けているアメリカ合衆国。そんなアメリカ合衆国に”皇帝”がいたことを知っていますか?

ジョシュア・ノートン
彼の名はジョシュア・ノートン。
イギリスで富裕層として生まれた彼はアメリカに移住し、父から受け継いだ4万ドルの遺産を運用するも失敗。破産し、正気を失ってしまいました。
そうして彼は姿を消したのです。
ところが1年後、彼がのちに述べるところの「自発的亡命」を終えたノートンはサンフランシスコに舞い戻ってきました。そしてこんな手紙を各新聞社に送るのでした。
「大多数の合衆国市民の懇請により、喜望峰なるアルゴア湾より来たりて過去九年と十ヶ月の間サンフランシスコに在りし余、ジョシュア・ノートンはこの合衆国の皇帝たることを自ら宣言し布告す。 ―――合衆国皇帝ノートン1世」
これを新聞記者はジョークとして新聞に掲載。最初は変人として扱われた彼は次第に”ノリ”としてサンフランシスコ市民に受け入れられていきました。

自転車に乗る皇帝ノートン1世
皇帝(自称)の日課は自転車で市内を視察。
日頃から軍服にボロボロの金モールをつけ、杖を持ち、街を堂々と練り歩きました。
市民たちは道をあけ、帽子を脱いで挨拶。
レストランでは「皇帝ご来店!」と無料で食事をふるまい、劇場では特等席を用意。
ある日のこと。
新米の真面目すぎる警官が、街を軍服姿で歩くノートン陛下を見つけて、
「こいつは変な奴だ、危ないやつに違いない!」と思い、皇帝を逮捕してしまったのです。
ノートン陛下は何も抵抗せず、静かにこう言ったとか。
「余の身に危害を加えることは、この国全体の恥となるであろう。」
ところが、ニュースが街に広まるやいなや、サンフランシスコ中が大騒ぎ。市民も新聞社も警察に猛抗議。まるで本物の国家事件のような大反乱に。
以降、警察署長の命令により警官は皇帝に会うと敬礼をするようになりました。
1880年、ノートン陛下はいつものように街を歩いている最中に倒れ、静かに崩御。
その葬儀には、約3万人もの市民が参列したそうです。
このように、アメリカには最初で最後の皇帝が確かに存在したのです。
なお、あのニューヨーク・タイムズにはこう掲載されました。
「彼は誰も殺さず、誰からも奪わず、誰も追放しなかった。彼と同じ称号を持つ人間で、この点において彼に勝るものは一人もいない。」
社会科 R.U.