多摩丘陵と馬

「赤駒を 山野に放し 獲りかにて 多摩の横山 徒歩(かし)ゆか遺らむ(やらむ)」
奈良時代の「万葉集」にのっている歌です。「あなたが乗っていくはずだった赤毛の馬は山に放し飼いにしていたので、すぐに捕まえられず、徒歩で行かせることになってしまった。」夫が防人として九州へ行くのを送り出す妻がよんだものです。
今の八王子のあたりから稲城にかけての多摩丘陵を「多摩の横山」といっていました。火山灰などで土が悪かったり、水の便が悪く田畑に向かないところでは、馬を放牧していたようです。
弥生時代までは馬は日本列島にいませんでした。古墳時代の5世紀前後朝鮮半島から馬が日本列島に持ち込まれました。
ただ当時の馬は今よりも小さく、下の写真のように今のポニーぐらいだったようです。

社会科 森 正太郎


  • 松戸市立博物館

※画像は、松戸市立博物館の許可を得ております。

新着情報:新着投稿一覧へ