


今、東京では、ありとあらゆる国の料理を食べることができます。日本人の食に対する貪欲さには驚きを禁じ得ません。実は、縄文人も「雑食」でした。もちろん、手に入るものは何でも食べなければ生きていけないという事情はあったでしょうが、食材の種類の多さには目を見張るものがあります。森で採れるいろいろな木の実、さまざまな魚や貝、獣の肉が当時の食卓にのぼりました。また、縄文人は調理道具として煮炊用の土器も使っていました。鍋釜を利用して色々な食材を調理して食べるその習慣は、縄文時代に源流があったといえるでしょう。
(小川 誠)

常日頃使い慣れているコトバの中にも不思議なナゾが秘められています。たとえば「これは本です。」という文と「これが本です。」という文とを比べてみると、前者では手に持ったものが「本である」と主張していますが、後者では本というものは「これである」と主張しています。話題として強調したい部分が変わっていることが分かりますね。
「は」と「が」の違いは他の場面でも多く見られます。たった一文字の違いの中にも、日本語という言語のしくみに関わる大きな問題が潜んでいます。日本語の研究には私たちのものの考え方を検討しなおすという役割もあるのです。

今から100年以上前まで、筆記用具といえば筆でした。日本人は筆を使って1文字、または2文字以上の文字を続けて、省略して書く、くずし字で手紙などを書いていました。徳川家康、坂本竜馬などの歴史上の有名な人物でも、何が書いてあるのか、簡単には読めないようなくずし字を使っていたのです。くずし字が読めるようになると、歴史上の人物が活動していた時代へタイムスリップすることができます。現代でも飲食店などの看板、のれん、商品の包み紙などで使われているくずし字を知ることは、日本の古い時代の文化や歴史を知る鍵なのです。
(皆川義孝)7月・8月のオープンキャンパスでは、「探そう!〈私〉の学び」というテーマのもとに各分野の興味深い模擬授業を実施中です。ぜひご参加ください。