


駒沢女子大学は3月18日に平成21年度の卒業式を行います。人文学部各学科所定の全過程を学び終えた四年生はこの日、「学士」という学位記を受け取りめでたく大学を卒業することになります。皆さんは「卒業」という言葉の意味を考えたことがおありでしょうか。
昨年11月末に発行された『岩波国語辞典第七版』はその語義を「その学校の全過程を学び終えること。比ゆ的に、ある程度や段階を通りこして離れることにも使う」と記します。「卒業証書」「卒業生」などは前半の語義に当たります。後半の語義では「パソコンゲームはそろそろ卒業しろ」のように使います。
通時的に用例を記した『日本国語大辞典』は以下の三つの語義を記します。
語義①のもっとも古い使用例は1783年に見られます。福沢諭吉も『西洋事情』で「1826年議事院の命を奉して此鉄道の工を始め1830年卒業せり」のように使用しています。今日の一般的な語義は②で、文部省が1872年に「尋常小学校を分て上下二等とす。此二等は男女必ず卒業すべきものとす」と布達し、小学校が義務教育であることを述べています。ここには『改訂増補哲学語彙』(1884年)が「卒業」をGraduationの和訳としていることも記されています。語義③はあまり耳にしませんが『岩波』の後半の語義に通ずるものです。夏目漱石は『吾輩は猫である』(1905〜1906)に「恰も吾輩の水彩画に於るが如きもので到底卒業する気づかひはない」のように使用しています。
大学を卒業しても、是非、国語辞典を手元においてください。電子辞書も普及したことですし、折に触れて辞書を見ていると思いがけない発見があります。さて、私も大学教員生活を卒業しますが、当分の間、辞書から離れられない日々が続きます。
2010年3月17日

はじめまして。本年度より日本文化学科の一員となりました下川雅弘です。私の専門は歴史学ですが、特に人々の間で取り交わされた「贈り物」に注目することで、室町・戦国から江戸時代初期の社会にアプローチしています。そこで、自己紹介の意味も込めて、私の研究の一端を簡単にお話ししたいと思います。
前近代、特に室町から戦国時代の公家たちが残した日記を見ると、驚くほど数多くの「贈り物」が、身分や立場を越えて人々の間を行き来していたことに気づかされます。たとえば、まもなく訪れる5月5日の端午の節句には、百姓からチマキが届けられたお返しとして、領主側から百姓に具足と兜が贈られるなど、「贈り物」に関する記事は枚挙にいとまがありません。
では、なぜ当時の人々は、これほどまでに「贈り物」を重視していたのでしょうか。それは、この室町から戦国の世の中が、自らの安全は自らの努力で勝ち取らなければならない内乱の時代だったからに他なりません。もちろん、「贈り物」にはいろいろな意味が込められていますが、彼らは、さまざまな「贈り物」のやりとりにより、他者と親密な人間関係を築くことで、いざというときに自分の身を守る術を得ていたのです。
現代の日本は、確かに内乱の時代ではありません。けれども、自ら何の努力もしないで、誰かがその人の幸せを保障してくれるほど甘い世の中でもありません。在学生の皆さんも、周囲の人々との良い縁を大切にして、何でも相談できる一生の友人を、大学生活の中でぜひ積極的に見つけてください。
2009年4月28日

稲城駅からの通学路にある住宅の庭先にはすでに紅梅白梅が匂うように咲いていますが、一段上の丘陵に立つ大学のキャンパスではまだ白梅のつぼみがチラホラです。昨年来、新学部発足に備えて校舎の建設が進んでいるため大型車両の往来が激しく、メジロやウグイスなど野鳥の姿も声ぱったり絶えています。

屋外プールの手前で学園の周回道路を北に渡ると森林浴もできる保安林が広がります。今は冬枯れで林の中は明るく、あちこちに落ちているどんぐりが目につきます。拾って皮をむき口に入れると、ちょっと苦味のあるマカダミアナッツの味がします。これは雑木林の大部分を占める「コナラ」の木の実です。中に指でつまんでも持ち上げられない実があります。よく見ると根が出てしっかり土をつかみ、林の次世代が誕生しているのです。

林のちょっと開けたところに思いがけず椎茸(しいたけ)のホダ木が立てかけてあり、直径4~5センチの丸い頭がいくつか飛び出しています。いわゆる冬茹(どんこ)で、干し椎茸にしたら最高級品です。採る人もなく、木についたまま干からびてしまいそうです。
この保安林は人の手があまり入らない武蔵野の自然林で、庭師の技が見える照心館の築山とは趣が異なります。太陽を求めて天高く伸びた彼岸桜や山桜の枝にはびっしりつぼみがついています。正門への取り付け道路の桜並木とは違った美しさを三月中旬には見せてくれるはずです。(星野)
2009年2月5日

今月で、1年間続いた考古学演習の授業が終了しました。考古学演習は、3年次生用の授業と4年次生用の授業を別々に開講しています。どちらも学生数が少ないため、皆最初は緊張した面持ちで参加していましたが、徐々に授業にとけこみ、最終的にはリラックスした雰囲気のなかで中身の濃い授業を受けたことに満足している様子でした。まさに、学生と教員の距離が近い授業が実践できたと感じています。
現3年次生のAさんは、昨年4月の時点で栄養学や現代の食生活に興味をもっていました。それをいかして、縄文人や弥生人の「食」について勉強したいという思いが、考古学演習を受講するきっかけとなったそうです。日本人の食事の原点を垣間見たいということでしょうか。
Aさんは、はじめのうち、日本人の食生活史全般について知識を仕入れていました。そのあと、雑穀の栽培、稲作、『魏志』倭人伝に見られる食べ物関連の記事など、「古代人の食」を柱に据えながら、少しずつ研究を進めていきました。使った文献も相当な数にのぼります。最終的には、現代の栄養学から見た弥生人の食生活の実態を研究していくようです。Aさんには、是非、弥生人の食卓を再現し、実際に調理して食べてみてほしいものです。
考古学は、出土資料を使って昔の人々の生活を復元していく学問です。したがって、何となく古くさいという印象を受けるかもしれません。しかし、Aさんのように、栄養学という現代の視点からものごとを考えていくこともできるのです。考古学と現代のつながりを、私自身再認識させられました。
2009年1月29日
先日の授業で、「説話に見る鬼神の考察」というFさんとKさんの発表がありました。この発表は古くから伝わる仏典の話を紙芝居作品に仕上げたものでした。ご紹介しましょう。
昔々、釈尊が祇園精舎にいらっしゃった頃、サーバッティーにある裕福な男がいました。最愛の妻に先立たれた彼は、悲しみのあまり出家することになりますが、自分の莫大な財産を捨てきれません。出家の身でありながら、豪華な家を建てて贅沢な暮らしを続けていたのです。そんなある日、釈尊が男の前にあらわれて、ある鬼神にまつわる不思議な物語を話すのでした…。
説話のストーリーについての考察や、キャラクターについての分析もしっかりしていましたが、何といっても言葉だけで受け継がれてきた仏教経典の話について、想像力をふくらませて紙芝居に表現した発表者の工夫には驚きました。やはり研究とは、自分の考察はもちろん、それをどのように相手に伝えるのかも大切な要素といえるでしょう。
「仏教文化演習」の本年度のテーマは「仏教における説話」の研究です。毎回、学生はそれぞれユニークな考察や、個性あふれる発表スタイルで説話研究を報告してくれています。
この演習では、日本人のこころとは何かを探るため、国内はもちろん世界中の仏教文化をひろく学んでいます。演習形式の授業を通して、人類の築いてきた精神文化、日本人のこころの歴史を見つめているのです。
2008年11月18日
11月7日は二十四節気の一つ立冬でした。9月の秋分と12月の冬至の中間に当たります。例年、今頃になると大学館から真っ青な空に浮かぶ富士山が見晴らせるのですが、今年はどんよりとした、今にも雪を降らせそうな雲が低く垂れ込めています。正門に至る並木の桜も紅葉する前にほとんど葉を落としてしまいました。
キャンパスに目を移すと、黄色のツワブキの花が照心館前の池を縁取っています。つやのある濃緑色の葉の形がフキに似ているのでこの名がありますが、花は菊に似ています。今頃は枯れ果てているフキに対して、ツワブキは常緑、しかも茎に空洞はありません。ツワブキの茎はきゃらぶきの佃煮に変身します。
多摩丘陵の一角に位置するキャンパスは四季折々の日本の原風景をいつもどこかに見せています。大学館最上階から見ると、多摩の森にも黄色が目立つようになりました。4年次の学生は卒論や卒業制作に向けて追い込みに入っている今日この頃です。(星野)

2008年11月18日
10月4日、ホームカミングデーが行われ、源氏物語研究の第一人者である秋山 虔先生(元・日本文化学科主任)もご出席下さいました。当日、お時間をいただいて、秋山先生の心に残った駒沢女子大学のキャンパスの自然の美しさについて伺うことができました。その一部をご紹介しましょう。(11月5日)
照心館にて
2008年11月5日
●研修の目的
平成19年度より駒沢女子大学はタイ国アユタヤ・ラチャパット大学との間に交換研修の協定(両大学がお互いの大学にて約10日間の短期研修)を締結し、この協定に基づいて毎年、「仏教文化研修」と「日本語教育研修」をタイで行っています。仏教系大学の本学では、南方上座部の仏教文化を体験することが、日本の仏教を理解する上で大変貴重な学びになります。民衆に根付いているタイ仏教の僧侶から直接話をうかがうという実体験や現地での寺院見学は文献で学ぶ以上に得るものが大きいでしょう。
●研修の内容

今年は8月19日から27日まで、日本語教育研修の学生と合わせて11名の学生が、タイの文化と仏教、日本語教育について、アユタヤ・カンチャナブリ・バンコクなどで研修しました。
アユタヤでは市内のワット・ヤイ・チャイ・モンコン、ワット・マヘヨン、ワット・マハタート、ワット・プラ・シーサンペットなど、アユタヤの代表的な寺院を拝観。特にワット・マヘヨンではメーチーといわれる女性信者たちが境内各所で瞑想している姿を見ることができました。

またミャンマー国境に近いカンチャナブリのスナンタワナーラーム寺では日本人のアーチャン・光男・カウェーサコー住職による法話を聴きました。この住職は日本人でありながらタイで長年修行してこのお寺を創建した方ですが、具体的でわかりやすいお話をしていただきました。法話後、学生全員に質問する機会が与えられ、それぞれ、タイの仏教についての見聞を広めました。また洗面器のような食器で食べる独特のスタイルの昼食に学生は驚いた様子でした。
バンコクでは、エメラルド寺院と呼ばれるワット・プラケオ、三島由紀夫の『暁の寺』で知られるワット・アルン、50m近い巨大な金色の寝釈迦像で知られるワット・ポーなどを拝観しました。これらの寺院はアユタヤの寺院とは趣を異にする黄金に輝く堂宇でした。
参加学生たちは、この研修では改めて仏教とはなにか、その原点を考えることができたようです。また、お世話になったアユタヤ・ラチャパット大学の学生たちとの交流も学生たちにとってかけがえのない思い出になったことでしょう。
2008年10月7日
「行雲流水」という禅語をご存知でしょうか。空を行く雲のように、そして大地を流れる水のように、あらゆるこだわりを離れてあるがままに生きる姿を意味する言葉です。ときに修行僧に対して親しみを込めて「雲水さん」と呼ぶこともありますが、日本人はこうした禅の思想などを通して、人間と世界の関わりや人生の歩み方などを考えてきたのです。
駒沢女子大学のキャンパスには、今日も爽やかな風が流れ、学内の日本庭園には涼やかな滝の音が響きわたっています。
この風は、どこからやってきて、そしてどこへゆくのでしょう。そしてこの水は、どこから湧き、どこへ流れてゆくのでしょう。こんな思いをめぐらせながら、風の色を見つめ、水のささやきを聞き分けることができたなら、風景だけではないあなた自身の美しい心が、きっと芽生えてくるはずです。(千葉)
2008年8月16日

キャンパスの中心に建てられた照心館の前の池で、蓮の花が咲き始めました。蓮は仏典との結び付きが強い植物です。坐禅堂を備えた照心館を背景に、淡紅色の花を咲かせる蓮、まさに絵になる風景といえるでしょう。本学では、このような心和む景色を暑い夏のあいだ見ることができます。

ところで、この池には「大賀ハス」も咲いています。大賀ハスとは、千葉市の縄文時代の遺跡で出土した古蓮の実のひとつを発芽させたものです。植物学者である大賀一郎博士が発見しその育成に成功したので、大賀ハスと命名されました。大賀ハスは根分けされ、現在、多くの土地で見ることができます。ちなみに、本学の大賀ハスは、平成9年、当時の駒沢学園父母の会会長が寄贈されたものです。
蓮の生命力の強さ、縄文の昔より現在まで連綿と続く命の連鎖には驚きを禁じ得ません。大賀ハスの花を見るたびに、太古のロマンの世界に引き込まれるのは、私一人ではないはずです。(小川)
2008年7月29日

本学園照心館前 2008年6月4日撮影
6月に入り、緑はいっそう濃くなりました。今年は例年より1週間以上も早く梅雨入りしたとのことですが、駒沢女子大学のキャンパスでは、雨の中に赤みがかったピンクのサツキの植え込みが目に鮮やかです。サツキはツツジ科の一種で、旧暦の皐月(さつき)(太陽歴6月ごろ)に咲くのでこう呼ばれているそうです。花の盛りには一直線に刈り込まれたサツキのピンクの花が図書館前の広場と池の間を彩ります。
一ヶ月ほど前には同じツツジ科のオオムラサキが学園の正門両側の土手一面を紫がかったピンクに染めていました。キャンパスを囲む樹林で高い声を張り上げていたウグイスも「チョットコイ、チョットコイ」とけたたましく叫ぶコジュケイに舞台を譲りつつあります。(星野)
2008年6月4日
「日本語学演習」は、主として、コンピュータを使用した言語情報処理によって次のような研究を目指す学生を対象としています。
1. 日本語そのものを研究する
2. 外国語との比較対照研究を行う
現代は音楽や映像ばかりでなく文学作品や時事ニュースもコンピュータで配信される時代です。古典文学なら原文だけでなく現代語訳も入手することが出来ますし、海外の作品なら翻訳も入手できます。コンピュータを利用した研究は今後ますます重要になってくるでしょう。
2007年度には、待遇表現についてユニークな研究をした学生がいます。太宰治の『斜陽』を資料とし、ある男性に対する主人公の気持の動きを手紙文のなかの待遇表現によって読み解いたのです。「文学的に」ではなく「言語学的に」証明したところに意義があります。また、ある中国人留学生は「対」という語の日中両語における用法を魯迅の『阿Q正伝』などを資料として研究し、たいへん面白いレポートを書きました。中国語文の「対」は日本語になると「Aに対して」のほかに、Aの素性の違いによって「Aに面して」「Aに向いて」などと訳されます。教材として整理された教科書だけではなく、生き生きとした表現に富む小説の中から自分で用例・用法を見出すことを通して、この留学生は格段に日本語が上手になりました。
コンピュータは情報入手の手段としてだけではなく、言語情報をさまざまな手法で処理して瞬時に統計的な結果を得るためにも使うことが出来ます。この技術は学業だけでなく、将来、社会人になったとき大いに役立つものです。
2008年3月7日
●授業の内容
この授業の目的は、日本文化における仏教福祉の思想と歴史を学ぶことです。ここでの仏教福祉とは、仏教というひとつの文化の視点から社会福祉を実践することをいいます。
本年度は日本仏教の思想を学ぶために、前半では仏教思想の根本をなすブッダの言葉、『スッタニパータ』と『ダンマパダ』を読んで「慈悲」と「平等」について学びました。そして後半では聖徳太子、最澄、空海といった日本仏教史を代表する人物に焦点を当て、今日でいう社会福祉に相当する思想やその事業例を具体的に紹介しました。
例えば江戸時代の禅僧として有名な良寛は、ときに子どもたちと手まりをしながら一日中遊んだと伝えられます。当時は教育とか子育てという考え方がなかった時代です。西洋ではルソーが教育思想を著していたちょうど同じ頃、日本では良寛さんが子どもの心を育むことの大切さを仏教という文化の中で実践していたのです。
西洋思想に由来する社会事業に限らず、東洋にはこうした仏教思想による福祉や教育の歴史が脈々と受け継がれています。人間社会をささえる「いつくしみ」と「優しさ」が、日本文化の「こころの歴史」を作ってきたといえるでしょう。
●授業にのぞんで
参考にすべき図書は授業中に紹介しますが、実際のテキストは、毎回プリントを配付しますので、購入の必要は一切ありません。また漢文のテキストも書き下し文にあらためて読んでいます。まずは意味をじっくりと考えて、その人物が何をしたかったのか、何を目指していたのかを想像しましょう。
●授業の特色
この授業は、本学の付加価値ある専門教育プログラム「高齢」に位置づけられます。少子高齢社会という日本の深刻な社会問題に対し、日本文化の歴史の中からその解決の糸口を探ってください。
2008年1月22日
●授業の内容
考古学は大学になってはじめて接する学問分野です。考古学とはどのような学問なのか、考古学を通じてどのようなことが解明できるのか、具体的な事例をあげ、また、映像資料をまじえながら、わかりやすく講義を進めていきます。
それでは、本年度の授業内容を簡単に紹介してみましょう。
この講義は四部で構成されています。第一部は、考古学という学問に親しんでもらうため、三内丸山遺跡(青森県)などの有名な遺跡を紹介しながら、学問の特質を学びます。
第二部は、人類の起源についての話をします。サルから分かれたヒトの進化の足跡をたどりながら、ヒトとは何かをあらためて考える機会を提供します。
続く第三部は、最初に日本列島に住んだ人達の話です。日本列島に渡った人々は、当時、どのような生活を送っていたのか、知りたくはありませんか。考古学の成果がそれを教えてくれます。
最後の第四部では、日本人の形成過程を探ります。日本人はどこからきたのか、どのようにして今の日本人が誕生したのか、学生の皆さんが最も興味を抱く部分かと思います。
全体を通して、世界レベルの話から徐々に視野を狭め、最終的に、日本に話題をもっていくという流れの講義となっています。これに続く、縄文時代や弥生時代の話は、「考古学Ⅰ」という授業で行っています。
●授業のポイント
各テーマごとに、学習の目標を三つたてています。第一部から第四部、それぞれの話題が終了するごとに、目標が達成されているかどうかを確認していきます。また、この授業は、本学の教育の特色のひとつである、「自前教科書」を使っています。オリジナルの「自前教科書」を使い始めてから、考古学に興味をもつことができたという学生の数が増えています。ちなみに、「自前教科書」とは、教員が授業内容に沿ったテキストを独自に作成し、学生の皆さんに無償で配布するもので、本学の面倒見のよい教育の一環をなしています。
●体験授業紹介
2007年度のオープンキャンパスでは「日本人はどこからきたのか」という内容で、体験授業を行いました。その一部をご紹介しましょう。
2007年12月12日
●授業の内容
日本の古典文学作品について詳しく学ぶ授業です。今年度は『万葉集』を読みます。『万葉集』は日本最古の歌集で、収録歌数はおよそ四五〇〇首。七世紀ころから八世紀半ばまでの、約百数十年間の歌を収めています。前期の「古典文学特論BⅠ」の授業では、主に平城京遷都(710年)までの前期万葉の歌を学びます(以後の歌は後期の「古典文学特論BⅡ」で取り扱います)。
前期に学ぶ主な歌人は、天智天皇、額田王、有間皇子、天武天皇、持統天皇、柿本人麻呂などです。
この時代の歌の特徴は、皇族の歌が多いということ。歴史の舞台でも活躍する人々の歌が多いので、当時の激動の歴史といっしょに鑑賞すると、とても興味深い歌ばかりです。でも、歴史書には記録されないような低い身分の人たちは歌を作らなかったのでしょうか。それとも記録されなかっただけなのでしょうか。文学が生まれたばかりの頃、人々にとって歌とは何だったのでしょう。謎がいくつも出てきます。このあたりが、この授業全体を通しての大きなテーマになりそうです。
●授業のポイント
毎回、一人の歌人を中心に、歌の内容や背景を学んでゆきます。テキストは角川文庫の『万葉集』上下。板書はやや多いと思います。でも、期末のレポートは授業内容の確認が主ですから、きちんとノートをとっておくと、あとで役立ちます。
●体験授業紹介
2007オープンキャンパスでは「古典のおもしろさを知るためにー朝の川を渡る皇女—」(6月10日)という体験授業を行いました。その一部をご紹介しましょう。
この体験授業では、『万葉集』の但馬皇女(たじまのひめみこ)の歌について、新旧ふたつの解釈を紹介しつつ、お話ししました。
後に残って恋しがってばかりいないで、いっそ追いかけましょう。道の曲がり角に標を結ってください。あなた。