
駒沢女子大学には、専任教員を対象とした「在外研究」制度があります。そこでの研究活動をご紹介いたします。
フィレンツェ便り
臼井実稲子先生は、2008年4月1日より1年間、「在外研究員」としてイタリアのフィレンツェにて研究活動を行うこととなりました。ここに紹介するのは、臼井先生からの「フィレンツェ便り(4)」です。

共和国広場近くの通りの
クリスマスイルミネーション。
中央は百合をかたどった
フィレンツェ市の紋章。
2009年1月7日、長いクリスマスシーズンが終わった。イタリアでは12月25日が過ぎても、1月6日の祝日まで、クリスマスの飾りつけはそのままである。新しい年を迎える気分にはなれないが、クリスマスイルミネーションを長く見ることができて何か得をしたように思った。「得をする」と言えば、イタリアの子供たちは12月24日と1月5日の夜の2回プレゼントがもらえるそうである。1月5日の夜はサンタクロースの女性版、ベファーナという醜い老婆がほうきに乗ってやって来て、良い子にはお菓子、悪い子には炭を配るという言い伝えがあるそうである。

サンタクローチェ教会広場のクリスマス市
トスカーナ出身の隣家のイタリア人の話では、子どもの頃はサンタクロースではなく、ベファーナからだけプレゼントをもらっていたという。クリスマスはイタリアでは昔は北部地域だけが盛んであったようであるが、その伝統か、フィレンツェのクリスマス市はサンタクローチェ教会前の広場でこじんまりとしたものだけであった。それでも、クリスマス前にはプレゼントを買う人たちで街は賑わっていた。クリスマスに欠かせないのはパネトーネという日持ちのするケーキであり、またパンフォルテという固いパンケーキやトローネというヌガーもトスカーナ州の伝統的クリスマス菓子だそうである。ちょうど日本のお歳暮にあたるクリスマスプレゼントにはこれらが欠かせないらしく、12月には大きなパネトーネの箱をいくつも抱えている人の姿を街でよく見かけた。

EUI構内のクリスマスツリー。
暖炉は実際に使用しています。
こちらでは「クリスマスは家族と、復活祭は恋人と」というらしいが、学校が休みに入る12月20日あたりから帰省ラッシュがはじまり、私の住んでいるあたりも、人影がまばらになった。通っているEUIも構内のミニクリスマス市そして全学クリスマスパーティーが終わると、周囲の人たちは出身国へと戻っていき、私はひとり取り残されたような気分になったが、この地で迎える2008年の終わりと2009年の始まりを心に刻もうと考えた。ちなみに、フィレンツェに支店がある日本の旅行社は「大晦日をオランダの日系ホテルで紅白を見、新年におせち料理を頂く」というツアーを欧州在住の日本人を対象に売り出していたが、1年にも満たないここでの滞在では、そこまで日本に浸りたいという気持ちになるはずもない。
クリスマス当日の街は静寂に包まれ、家の前の教会の鐘の音までもがいつもより澄みきって聞こえた。日頃は騒がしく思えるイタリアのテレビ番組も一変し、この日の朝は静かにローマ教皇庁の様子を伝えていたが、12月31日は対照的だった。イタリアでは新年にかけて古いものを窓から捨てる習慣があり、時にはお祝のシャンパンの瓶が投げられることもあり、出歩くのは危険だという。午後10時頃から、散発的に爆竹の音が通りから聞こえていたが、午前零時には最高潮となり、アルノ川や近くのサッカー場では大規模な花火が打ち上げられた。個人の家でも新年を祝う花火が始まり、その音と通りの爆竹は夜遅くまで続いた。
この地のクリスマスの静寂と年越しの狂騒。日本のクリスマスの狂騒と年越しの静寂。私は「ゆく年、くる年」で放映される除夜の鐘に思いをはせつつ、その違いを改めて実感した。
臼井実稲子
2009年1月25日