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人間関係の窓

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体験!人間関係学科

 

8月15日(日) オープンキャンパス体験授業
「美人を決める要素とは ─ 化粧文化学への招待 ─」

石田 かおり

 今日は、写真を絵画を使って、服装と化粧と美しさの関係について考えてみましょう。着物が日常着だった時代、たとえば時代劇で見るような江戸時代は、どんな女性が美人だったのでしょうか。浮世絵を見ると、目や口が現代の美人とはずいぶん違います。明治維新の西洋化で美人は変化したのでしょうか。女性の日常着に洋服が普及し始めた大正時代や昭和初期はどうでしょうか。
 さらに、着物が1枚あれば、伝統色・染め・織り・更衣など、日本伝統の美意識と知識を学ぶことができます。着慣れない人が着ると、ふだん何気なくしていた動作や姿勢を突然意識するようになります。だから、美しくなりたいなら着物が最適なのです。私が着ている着物で説明し、着物を使った授業に出ている学生の成果も披露しました。
 本日ご紹介した授業の背景には「化粧文化学」があります。化粧を文化としてとらえ、諸々の分野の文化研究の方法を使って研究するのが「化粧文化学」です。私は哲学の方法を使って化粧の意味や美という価値の研究をしています。化粧や美しさについて、未知の視点から一緒に考えてみたい人はぜひ受験してください。

 

 

6月26日(土) オープンキャンパス体験授業
「心理学で、コミュニケーションのコツをつかもう!」

石津 和子

 私達は、普段何気なく人とやり取りしています。しかし人を誉めるのがうまい人がいれば、誉められているのになぜか嫌な気分になることもありませんか?6月26日(土)の体験授業では、「心理学で、コミュニケーションのコツをつかもう!」と題して、「人間関係の心理」という授業の中から、交流分析という考え方を紹介し、人とのやり取りを円滑にするコツを探ってみました。

 ・・・さて、突然ですが質問です。生きるために最低限必要なものは何でしょうか?どんなものが思い浮かびますか?
 実は、人は「触れてもらうこと」「言葉をかけてもらうこと」、最も広くには「他の人に存在を認めてもらうこと」が生きていく上で不可欠です。交流分析ではこのような「他の人に存在を認めてもらうこと」を「ストロークを受ける」といいます。
 それでは、皆さんは、このストロークをどのように受け取り、そして与えているのでしょうか。授業では、皆さんが、常日頃、どの位、周囲の人にストロークを与えたり、受け取ったりしているか、また、どの位、自分の欲するストロークを求めたり、人が求めるストロークを与えるのを拒んでいるか?を振り返っていただきました。また、ストロークを与えるときや、受け取るときに、どのような「くせ」があるのか、タイプ分けしたりして、自分の、人とのやりとりの「くせ」について考えていただきました。
 ストロークには、いくつかの法則があり、ストロークがないことは最大の苦痛です。ですから、ストロークを求めて、私たちは、親密な交流だけでなく、雑談や、儀式(成り行きの分かっているやり取り)、そして、「ある決まりきった感情(悲しみ、怒り、喪失感)で終わる交流パターン」つまり「ゲーム」を行うのです。
 体験授業では、こうした自分のやりとりの「くせ」や、自分や周囲の人への見方(対人的構え)を見直すことによって、悪循環のやり取りを断ち切る方法を考えてみました。

 

 

6月12日(土) オープンキャンパス体験授業
「コミュニケーションの力を体験しよう」

藤川 麗

 みなさんは、人と関係を作ることは得意ですか?コミュニケーションは、「社会生活を営む人間が互いに意思や感情、思考を伝達し合うこと。」(大辞林)であり、日常生活においても、カウンセリング場面などの人を援助する場面でも、人間関係を作るためのとても重要な道具となるものです。
 私たちは、日ごろは何となくコミュニケーション―例えば「会話」―をしていますが、その中で、どのように感情を伝えあっているのでしょうか。今日のオープンキャンパスでは、ひとつ、面白い「実習」をしてみたいと思います。

「実習:聴く姿勢・聴かない姿勢」

  • ①二人組になり、一人が「話し手」、もう一人が「聴き手」になります。
  • ②まず、「話し手」は「楽しかった思い出」を2分間、話します。その間、「聴き手」はいっさい反応しません。相槌も打たず、表情も変えず、視線も合わせません。
  • ③次に、今度は「話し手」は「苦しかった思い出」を2分間話します。今度は、「聴き手」は、相手の感情を思いやり、相槌、表情などでそれを伝えます。
  • ④役割を交代して②・③を行い、感想を話し合います。

 実習後、参加した生徒の皆さんからは、「相手が反応しないと話しづらかった」「不安になった」「楽しい話をしているのに、悲しい気持ちになった」などの感想が挙がりました。相手が反応しない場合、とてもコミュニケーションは取りにくいということです。一方で、「相手が聴いてくれると、苦しかった話もしやすかった」「聴いてくれると安心した」といった感想も挙がりました。このように、視線・相槌・表情には、コミュニケーションの上でとても大きな力があることが分かります。
 皆さんも、ぜひ人間関係学科でコミュニケーションの力を上げ、豊かな人間関係を築くことのできる、素敵な女性になってください!!

 

 

5月29日(土) オープンキャンパス体験授業
「芸術作品と作者のこころ」

松岡 努

 人は、さまざまな伝達手段を使って、他の人たちとコミュニケーションをしています。自分の感じ方や考え方を相手に伝えるとき、わたしたちは単に内容を伝えているだけでなく、自分自身を「表現」しているのだと言えます。
 でも、考えてみると、「表現」される以前に、自分の中で自分の感じ方や考え方がどれだけ明確に理解できているものでしょうか? たとえば、友だちと一緒に映画を観たとしましょう。映画を観終わって感想を話しているうちに、「ああ、自分はそういうふうに感じていたんだな」とわかってくるということって、ありませんか?
 ということは、自分を「表現」することによってはじめて、自分の考えや、ひいては自分という存在が明瞭になり、そしてそれが人に伝わることで、自分という存在が人との関わりの中で意味を持つようになってくるわけです。
 しかし、「表現」するということは案外難しいものです。さきほどの映画の例で言えば、自分の感想を言おうとしても、「よかった」とか「感動した」というような、ありきたりで無個性的な言い方になってしまうということがあります。その逆に、自分の体験をことばにしたら、あまりに個性的過ぎて相手が首をかしげてしまうこともあるかもしれません。自分の「表現」を相手に共有してもらうには、あまり無個性的だとおもしろみに欠けてしまうし、あまり個性的だとひとりよがりになってしまいます。だから、その中間あたりでバランスのとれた表現を磨いていくことが必要になるわけです。
 そのためには、まず自分と向き合い、自分の体験をしっかり吟味せねばなりません。それと同時に、それを人に伝わる表現にしていく技術を磨かねばなりません。こうしたことは、とりわけ強い個性を持つ芸術家においてはシビアな課題だと言えます。芸術家たちは、自分の表現を磨き、新たな表現を模索してきました。それは自分を真摯に見つめて自分をよく知るという作業でもありました。
 たとえば、ゴッホ。彼がゴッホらしい絵を描いたのは亡くなる前の2年半ほどでした。その間、狂気の発作に襲われて入退院を繰り返しています。彼は弟に宛てた手紙で、絵を描くことは狂気に対する避雷針だと言っています。ゴッホの絵は自分の狂気と向きあうことで迸り出てきた表現だったのでしょう。その表現が評価されるのは、彼の死後ずいぶん経ってからでした。
 わたしたちはこうした芸術家による作品を鑑賞し、体験します。それを「表現」することで、自分を知る一つの機会を得ているということになります。しかし、自分の「表現」というものはそれほど簡単に出てくるものでもありません。まずは、自分の内なる声にしっかり耳をすませる必要があります。これを機会にいろいろな芸術作品を鑑賞し、その体験を少しでも「表現」して、人と共有するようにしてみてはいかがでしょうか。