


日本文化学科の1年生の「基礎ゼミⅡ」という授業では、毎年「時代を旅する」というテーマでグループ発表を行っています。これは、前期の「基礎ゼミⅠ」の「日本の祭りと年中行事」というテーマでの学習を発展させたものです。つまり1年次の「基礎ゼミ」では、現代に受け継がれた年中行事について詳しく知ることから横軸の広がりを学び、後期には歴史をさかのぼることによって縦軸の学びを身につけるのです。
今年度も12月に発表会が開かれました。学科の多くの教員が参観する中、学生4名が1グループとなり、全18グループによって「江戸の町づくり」「江戸時代の人気の食べ物」「江戸時代の娯楽・落語」「文明開化と当時のファッション」「大正デモクラシーとモダンガール」など、多彩な調査と考察が報告されました。今年は江戸時代から明治・大正時代に至る「生活文化」を中心にしたテーマに多くの関心が集まったようです。歴史を動かしてきたものは、何も偉人たちの生涯にだけでなく、庶民の生活の中にも読み取れるのですね。
それでは学生自身による相互評価のコメントから、抜粋して紹介しましょう。
基礎ゼミ一年間の集大成として行われた「時代を旅する」発表会でしたが、それぞれが発信型の学びの方法を身につけてくれたようです。きっと2年生からの基礎演習、そして3年生からの専門演習へと各自の学びを深化させてくれることでしょう。
2012年2月17日
(千葉公慈・記)

この授業は、由緒ある伝統文化から、今まさに生まれ、成長しつつある現代文化までを幅広く取り扱います。考察の対象は、衣・食・住から映像・音楽・アニメなどさまざまです。前期の「現代日本文化研究Ⅰ」では、現代の娯楽やゲームなどを考察した回に、実際に「囲碁」を体験してみました。囲碁は漫画『ヒカルの碁』などの題材にもなり、若い世代にも人気があります。歴史的には江戸時代に非常に盛んになり、今でも「岡目八目」「駄目」など囲碁に由来する言葉が多く残っています。互いに白石と黒石を置いて、その陣地の広さを競うというシンプルなルールですが、なかなか奥深く、学生たちも熱中していました。
後期の「現代日本文化研究Ⅱ」では、先日「歌会」を実施しました。「和歌」は千年以上の歴史を持つ伝統の文化ですが、現代でも世代をこえて多くの方が歌を作り楽しんでいます。近年のある短歌賞では若い女性(大学生・高校生)の作品が受賞しているほどです。今回は新年最初の授業でもあったので、短冊に自作を記し、書初めも行いました。さて、学生たちの作品の出来はどうでしょうか。「岸」というお題にはみんな苦労したようです。お正月の雰囲気のある作品を少しだけ紹介しましょう。

「現代日本文化研究Ⅰ・Ⅱ」は、複数の教員がチームを組んで担当しています。これからも担当教員各自の特性を生かして躍動する現代文化に多様なアプローチをしていきます。
2012年1月20日
(三田誠司・記)

このたび内閣府と静岡県三島市が主催した「第6回食育推進全国大会」が開催され、私も内閣府食育推進室からの依頼を受け、パネルディスカッションに参加してきました。大会初日の6月18日(土)は、日本の食文化における「つくる」をテーマに、特命担当大臣の蓮舫さんはじめ、タレントの薬丸裕英さん、静岡文化芸術大学長の熊倉功夫さん、俳優の永島敏行さん、花冠総料理長の松本栄文さん、女子栄養大学教授の武見ゆかりさん、国立民族博物館教授の小長谷有紀さんなど、日本の食文化に造詣の深い多方面の方々が集まり、今の日本人にとって「食」が大きな問題となっていることを巡って大会は大いに盛り上がりました。
現代人は昔のように畑を耕し、作物を直接作る機会がすっかりなくなってしまいました。そのために私たちは食物に感謝する心を忘れてはいないでしょうか。そもそも自分の口にする食材は、一体どこで作られ、またどのように調理されているのかご存知でしょうか。そこで私は「現代日本の文化Ⅰ」という科目でも講義している精進料理の視点から、食材や料理を作ることが、心身の形成にいかに大切かというお話をしました。鎌倉時代の禅僧、道元禅師の『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』の冒頭に、「食平等(じきびょうどう)」という教えがあります。食の営みの前に人類はすべて平等であり、食の平等観を通してこの世界の真実の姿があらわれてくる、という趣旨です。ディスカッションの最後には、この道元禅師の「食平等」というキーワードが取り上げられ、食を通しての人々のつながりと感謝の気持ちの分かち合い、孤食から共食へのメッセージが発せられました。

来る7月23日(土)のオープンキャンパスでは、体験授業として「食育推進全国大会」での報告とともに精進料理にまつわるお話を予定しています。精進料理には、これからの日本人の食の問題について、大切なヒントが隠されているのです。実際に食事を楽しみながら、現代生活に役立つ日本人の知恵を味わってみてはいかがでしょうか。
2011年7月6日

4月1日付で日本文化学科講師として着任しました石川創(いしかわそう)です。これからどうぞよろしくお願いいたします。
前期は「日本語学」「日本語の基礎」などの授業を担当していますが、みなさんから「今のことばは乱れているから、昔のような正しく美しい日本語を使いたい」「昔のように女性らしく、きれいなことばを使いたい」といった旨のコメントがよく寄せられます。ことばを大切に考えてくれている人が多く、とてもうれしく思います。しかし、「昔のような」「美しく、正しく、きれいな」ことばとは、どのようなものなのでしょうか。
例えば大正時代の女学生の間では、相手のことを「きみ」、自分のことを「ぼく」と呼ぶのをはじめとした男性のようなことばづかいが流行し、当時の人々から批判されました。戦後の昭和20年代にも女性の「君僕ことば」は流行し、やはり非難の的になっています。また明治中期から昭和初期にかけては、若い女性の間で「よくってよ」「花はまだ咲かないんだわ」「雨が降るわよ」のように、終助詞の「よ」や「わ」を用いることが定着しつつありましたが、これは当時の人々にとって大変に受け入れがたいことであったらしく、「品がなく悪いことばだ」と非難・批判する投書が、多くの新聞や雑誌に掲載されました。女性のことばだけをとってみても、この百年ほどの間に、日本語には少なからぬ変化があったのです。
自分たちが使うことばに問題意識を持つのはすばらしいことです。しかし「美しく、正しく、きれいな、昔ながらの本当の日本語」という唯一無二のことばがあると考え、それを丸暗記しようとするのではなく、過去も含めて日本語とはどのようなことばであるかということに思いをめぐらせ、その上で私たちはいまどのように話し、書くべきであるかを考えたいものですね。 みなさんには話し方や書き方だけでなく、「日本語」そのものについても興味を持ってほしいと願っています。そしてみなさんに興味を持ってもらえるよう、私も一所懸命にがんばります。あらためて、これからどうぞよろしくお願いいたします。
2011年5月11日

皆さんは「飲水思源(いんすいしげん)」という言葉をご存じでしょうか。井戸の水を飲むときは、その井戸を掘った人々の苦労を想い出しましょう、という古人の教えです。その昔、名もない誰かが命がけで井戸を掘ってくれたおかげで、後世の私たちは日々、容易に水の恩恵にあずかることができるのです。水ひとつとっても私たちには大切な存在ですが、実はこうした日常の当たり前のものごとや人間関係など、すべてがお互いに「命のささえ」となっていることに、私たちはどれほどの想いをめぐらせて生活しているでしょうか。
地球上の生物はすべて、かけがえのない命をいただいてこの世に生まれてきます。そこには互いの命をささえ、支えられる固いきずなが結ばれています。そして誰にも大切な役割がきっとあるはずです。井戸を掘った人と、その水を飲む人は決して出会うことはありません。しかし目の前に見えなくても、そこには縁(えにし)というきずながあり、世界中の人々は縁によって結ばれているのです。鎌倉時代の禅僧、道元禅師(1200-1253)は、この世界のきずなを結ばせる基礎には、必ず「愛語(あいご)」があることを教えています。

「愛語」とは、いたわりとやさしさにあふれた言葉を話すことです。その愛語は誰かを愛する心から起こるもので、その愛する心は慈心(じしん)という慈悲(じひ)の心を源としていると道元禅師はお示しです。ここでの慈悲の心とは、苦しみから救ってあげたい、幸せになって欲しいという切なる願いのことです。私たち人間は、そうした生きる力をもった言葉を学び、正しく話すことによってすべての縁(えにし)が結ばれているのであり、またその愛語には、廻天の力、つまり天を裏返すほどの強烈な力がそなわっていると説いています。
自然の力は強大です。ときに人知も及ばぬ姿を私たちの前に現します。しかし道元禅師は教えています。人を思いやる温かい言葉を学び、そして話すことができれば、空と大地を逆転させるほどの偉大な力がきっとそこに生まれるのだと。同じ時代に生き、同じ学び舎で学ぶ私たちに、いま求められていること、それは愛情のこもった言葉とは何かを正しく学ぶことなのです。なぜなら、どのような困難にも立ち向かう希望は、その中にあるのですから…。
2011年4月7日
寺院には仏像、建物、古文書(こもんじょ)、絵画、石造物など、さまざまな文化財があり、日本文化の多彩な宝庫ともいえます。また、寺院では、さまざまな宗教儀礼が行われています。ここに日本文化を知る重要な鍵が隠されているのではないでしょうか。
仏教文化基礎演習では、寺院の文化財の調査研究を通して、日本文化の特徴について探っています。演習では、学生による研究発表のほか、現地実習も行います。本年度は鎌倉の禅宗寺院や藤沢市にある時宗の遊行寺を訪ねました。現地実習に参加した学生の声を紹介します。

鎌倉の古刹を訪ねて (2年 保高君江さん)
11月3日、鎌倉の寺院を訪ねました。虫干しを兼ねて円覚寺、建長寺両寺院で寺宝が公開される時期だったので、日ごろ見ることのできない貴重な宝物や建物を見学できました。
以前から大変楽しみにしていたのが、円覚寺の国宝、舎利殿の見学でした。ここは鎌倉幕府三代将軍の源実朝が中国から求めた釈尊の遺骨とされる舎利をお祀りしている所です。高校の教科書の写真で見たときには、大きな建物だというイメージがあった舎利殿ですが、実物はとても小さな建物で驚きました。屋根の勾配や軒の反りの美しさ、無駄のない簡素な木造建築であることにも感激しました。
今回、原史料に直接触れることの大切さや楽しさを実感できました。

空也上人立像を見て (2年 前澤玲美さん)
1月23日、藤沢市にある遊行寺を見学に行きました。見学前から、最近発見された木造空也上人立像を閲覧することを大変楽しみにしていました。
空也上人像としては、京都六波羅蜜寺のものが有名ですが、遊行寺の『木造空也上人立像』の存在感は圧巻でした。空也の顔の表情やまとっている衣のしわまで、細部にわたり生き生きと表現されていました。短い時間ではありましたが、空也上人像をみることができた感激は、私の大学での学びの大切な宝物のひとつとなりました。
2011年3月2日