神聖なる空間の演出─異世界への誘い─

最近は気軽に楽しめる散歩が人気と聞く。中でも現在の地図や地形に古地図を重ね合わせて楽しむ「古地図散歩」がブームのようである。書店に赴くと江戸時代の古地図がズラリ!日ごろは日本文化論を講義している私にとって、まさに垂涎の的である。

ところでこの古地図を手にしてあらためて発見したことに、寺社境内のデザインがあげられる。神社仏閣の境内といえば、一般的には広いイメージがあるだろうが、近年は都市部の住宅事情や維持管理の事情もあって、だいぶ様変わりしてしまったようだ。ひと言にして狭くなったといえばそれまでだが、昔は参詣者への演出効果を最優先にしていたといえる。それに対して、今は生活者の機能優先というわけである。迫り上がる石段と長い参道、そしてシンメトリーが美しい石灯籠に瑞々しい老松、周囲には鎮守の森…。

  • 高山寺にて千葉撮影
    高山寺にて
    千葉撮影
  • 貴船神社にて千葉撮影
    貴船神社にて
    千葉撮影

本尊への参拝を前に、徐々に高まる楽しさと一種の緊迫感は、まさにお参り気分そのものを特別なひとときに変えてくれるものだ。広い境内なんて、現代では無理だという住職方の嘆きも聞こえそうだが、ひと昔前までは、多くの寺院でそうした神聖なスタイルを何とか守ってきたのである。

先日、女優のMSさん、天台宗の露の団姫さんと京都の伏見稲荷大社へ参詣する機会を得た。どこまでも続く鳥居と鎮守の森は、まさに圧巻であった。全国3万社以上を数える稲荷神社の総本宮に相応しい堂々たる風格の境内である。その中心に位置する稲荷大社の奥の院と稲荷山は、まさに演出効果バツグンといえよう。

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    伏見稲荷大社にて 千葉撮影
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    伏見稲荷大社にて 千葉撮影

伏見稲荷大社の朱色は、とくに「光明丹(こうみょうたん)」といって、朱に水銀を混ぜあわせた明るい朱色のためにひときわ目立つのだ。「稲荷塗り」ともいわれるそれは、果てしなく続く千本鳥居のトンネルをくぐり抜けるうちに、参拝する者の脳裏に鮮やかでドラマチックな印象を残すことになる。ある著書に「まるで神の腸内を通り抜けるような錯覚」という趣旨が書かれていたが、この表現は決して大袈裟ではないのだ。異世界へと続く鳥居のトンネルは、私たちをまるでタイムトンネルのように異時空間へと誘ってくれる。寺社境内には本来、そうした継承されるべき“参詣者への演出効果”が構築されるべきであろう。

この原稿をしたためながら、ときおり目を閉じてみる。すると朱色のトンネルとともに、あの稲荷山の爽やかな風が今でも心地よく感じられるのだ。余韻を残す境内とは何か、そして忘れ得ぬ思い出にはどんな秘密が隠されているのか、あらためて考えさせられた伏見稲荷の参詣であった。

(日本文化学科 千葉 公慈)

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