就活メーク雑感/石田 かおり(哲学的化粧論・身体文化論)

春休みは大学3年生にとって就職活動が本番を迎える時期である。それゆえ街中で就職活動中の学生と一目でわかる若い女性をよく目にする。黒いスーツと飾り気のない黒い中ヒールパンプスを身に着けて、A4サイズの書類鞄風の黒いバッグ(「就活バッグ」)を持ち、長い髪を後ろで1つに結わき、額が斜めに出るよう前髪をピンで留め、いわゆる「就活メーク」という化粧が、彼女たちの典型的なスタイルである。インターネットサイトには就職活動用の化粧の仕方を説明するものがたくさんある。また、多くの女子大学では学内で無料の就職活動向け化粧の指導を実施している。社会人として活躍する多くの女性に日常的に接し、自身の就職活動も遠い過去になってしまった女性の立場から見ると、「就活メーク」にはなぜかいくばくかの不自然さや噛み合わなさを感じてしまうことを否めない。この感覚は、メーキャップや服装を含む全体の印象が判で押したようであることと、社会人の外見表現に本人が慣れていないことから来るように思われる。

就活メークに代表される社会人の化粧は、自身の魅力や趣味をアピールする自己主張や自己表現を楽しむ化粧ではなく、社会に受け入れられる基準に自身が従っていること、すなわち社会の一員であることの表明である。それはエチケットやマナー、気遣いといった意味合いの化粧で、自己本位の対極に位置する表現である。化粧や髪型・服装を始めとする外見、すなわち身体表現は、ノンバーバルコミュニケーション(非言語コミュニケーション)であり、それは人の印象を形成する要素の中で最も高い比重を占める。私の所属する人間関係学科はコミュニケーションの学修を中心にした学科で、なおかつ言語によるコミュニケーションと並んで非言語コミュニケーションも重視した科目を配置している。話し方や傾聴、仕草の学修ができる授業と並んで、化粧について学修できる授業もある。その中に2年生を対象にした資生堂寄付講座「化粧文化論」があり、そこでは就職活動を始めとした社会人の基本的なメーキャップを指導している。化粧をしないで仕事をしている女性はいくらも存在する上に、世の中の仕事は化粧をしなければならない職種ばかりではないが、仕事に行くために化粧をすべきと感じる場面は多い。さらに、化粧をしないで就職活動をしてはいけないというルールもないが、実際には化粧をせずに面接に臨むと仕事に対する意欲があるとは受け取られず、就職活動で不利になることが多い。人生が変わる採否がかかっているため、たとえお化粧が嫌いな学生であっても、就職活動中はいやでも就活メークをしなければならないのが実情だ。
 「責任感のある人物」や「仕事を任せられる人」、「仕事仲間になれそうな人」といったイメージや、「社会人らしさ」、「社会に適合した人物」の基準は、どこを調べても確たる手応えがあるわけではない。しかし、それらがあたかも確固として存在しているかのように振る舞い、その共同幻想に従って自身のイメージを作り変える努力を就職活動中の学生はしている。その努力の様が見えてしまう点が、おそらく不自然さや違和感として感じられるのだろう。

社会人になって幾年か経るうちに、共同幻想に合わせることが習い性となる部分と、自己表現をうまく社会と擦り合わせる塩梅を会得する部分とが相俟って、自身の表現が落ち着いてくる。そうなったときに彼女たちの身体表現はこなれたものになり、社会人らしいと看做されるのであろう。

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